鳥取たくみ工芸店

2020/10/29 13:31


山陰地方で最古級の温泉と言われる鳥取県岩美町岩井温泉の表通り。ショーウィンドウに愛らしい木彫人形が並んでいます。おぐら屋は代々続く木地師が営む郷土玩具の工房です。木地師とはろくろで木材を回転させ刃を当て削り出す職人を指します。おぐら屋が作る木彫十二支は、全ての部品が円形状で、接ぎ合わせることで個性豊かな12種類の人形を形作っています。組み立てた木地に胡粉で下塗りをし、にかわで溶いた泥絵具でひとつひとつ丁寧に着彩されています。

工房の隅には、不思議なかたちに削り込まれた木の塊が鎮座しています。砲弾型、輪、球など、ろくろ細工の小さな部材は人形の耳や角、尻尾になるために刃物で削らねばなりません。この木に彫られた小さな溝や段差にパーツを固定し、ノミやのこぎりで分割します。息がつまるような細やかな作業を支えるこの木塊は、祖父の時代から受け継ぐ家宝だと言います。

歴史をたどると、木地師のふるさとと言われる滋賀県東近江市に遡ります。当地発祥の小椋性を名乗る木地師の末裔は、東北から九州まで日本中に広がっています。祖先は現在の東近江市から岡山県を経由し、初代おぐら屋は江戸時代に鳥取の吉岡温泉へ移住しました。岩井温泉へ移るのは五代目の時世です。代々椀や盆、茶道具などの暮らしの道具を挽いてきましたが、近代になると食器の主流が陶磁器へ移り、木地の需要が下火となります。八代目小椋幸治は鳥取の産業技術センターへ相談に行き、デザイナーとともに、当時流行していた観光地のお土産物となる郷土玩具を開発しました。おぐら屋の木彫十二支は緻密に設計された形と、素朴でありながら明瞭で色彩豊かな絵付がどこかモダンな印象を与え、全国の郷土玩具の中でも唯一無二の存在感を放っています。

現在おぐら屋を継ぐのは、十代目となる小椋幸人さん、真喜さん夫妻です。先代の父昌雄が亡くなったあと、母愛子はこの人形を絶やしてはいけないと、親戚とともに引き継ぐ決意をします。父は絵具の配合などの手引きを書き残さなかったため、母と真喜さんは思考錯誤を繰り返し、やっとのことで同じ色を作れるようになりました。しかし、にかわや泥絵具といった伝統的な画材は繊細で、うまくいかないことの繰り返しです。

大切に飾られている父の作品は、表情がやさしく愛嬌があります。「目を入れるときは、やさしい気持ちで描かないとよい人形に仕上がらない。」というのは父の教えです。同じように作っても、父が描くやわらかな顔にはなかなか及ばないと言います。まだまだ修行中だというお二人の、祖先が残したものをその心根まで正しく受け継ごうとする姿勢に、胸を打たれました。今は十二支の木地の部材製作は小田原の木地師に依頼していますが、工房の奥には古いろくろがあり、いずれは木地を挽くことが幸人さんの目標です。

たとえ暮らしの必需品でなくとも途絶えず今に続いているのは、その魅力の虜になり求める人が絶えなかったために他なりません。干支を飾り新年を迎えること、家族の生まれ年の干支人形を揃えて愛でること。それが人に必要な「心への用」を満たすからこそ、長年鳥取たくみ工芸店でも人気の郷土玩具として取り扱っています。